はじめに

EV化によって乗用車の特性が変わり、タイヤについても耐久性や低燃費性能がエンジン車よりも要求されることが今までの調査で分かってきました。

今回は各タイヤメーカーがEV化に対してどのようにタイヤの構造や性能を変えようとしているのか調査しました。調査に当たってはインターネット情報、学術文献や特許庁の特許を調べて各社動向とタイヤの動向を調べてみました。

目次

タイヤメーカーのネット情報 EVタイヤの特徴


クーグルの検索を使用して「電気自動車×タイヤ」で検出されたものから、各社のサイトを調べタイヤの特徴を表す表現をまとめました。内容的に秘密のために技術的に解説したものは見つかりませんでした。

これらの中でブリヂストンが特徴的に「偏摩耗」のことを挙げていました。後は低燃費、低ノイズ、安全、操縦性、グリップなど通常のタイヤと同じような内容を書いていました。
なお、電気自動車特有の性質に関係する技術について記載したものは今回の調査では見つかりませんでした。

表 タイヤメーカーの電気自動車記述サイト

EVタイヤメーカーのネット情報 ブリヂストン


タイヤメーカー各社の社名で検索しました。電気自動車を検索用語として入れるとブリヂストンタイヤ(BS)のネット情報が最も多くありました。

図 BMW i3sに採用されたologic(オロジック)タイヤ

・ECOPIA EP500 ologic: 幅を狭くし、大径化、高空気圧化したタイヤ。
低燃費性、静粛性に優れる。安全性を確保するためにタイヤ径を大きくして接地面積を確保している。(BMW i3に採用、タイヤ進行方向に長い接地形状と専用パタンやコンパウンドを組み合わせることで、ウェット路面や乾燥路での高いグリップ性能も確保)
2018年06月13日 ブリヂストンニュースリリースより

・ENLITEN: 従来品対⽐約20%の軽量化、材料を約2kg削減.(⼤幅な転がり抵抗の低減に加え、ウェットおよびドライ路面での運動性能やブレーキ性能、永く使うための耐久性能全てにおいてフォルクスワーゲンの高い要求レベルを達成)

・ECOPIA EV-01: ナノプロ・テック™ 等の採用により転がり抵抗を低減し、ガソリン車と比較して転がり抵抗の影響度が大きいEV 車の燃費(電費)向上に貢献。(EV 車に最適なパタンを開発。静粛性の高いEV 車での走行音を抑え、優れた静粛性能.)

ブリヂストンのサイトでは幅を狭くし、大径化、高空気圧化したタイヤとの記述がありました。これについては後で詳しく述べる中島教授のダウンサイジングタイヤの考えと同じと思われます。

EVタイヤメーカーのネット情報 コンチネンタル「大きく・細い」EV・HV向けタイヤを新開発


2015年3月2日付けのレスポンスの記事にコンチネンタルのEV用タイヤの記事がありました。
独コンチネンタルタイヤは、電気自動車(EV)とハイブリッド車(HV)向けに特別開発したタイヤ「Conti.eContact(2タイプ)」をラインアップに追加した。
EV用の開発コンセプトは「Tall and Narrow(大きく、細い)」。20インチタイヤは、乗用車用タイヤとしては非常に径が大きく、比較的幅が細くなっている。特殊サイズにより転がり抵抗を約30%低減。また、タイヤのあらゆる構成部分を検証し直し、転がり抵抗の最適化を図った。「転がり抵抗」と「ウェットグリップ性能」において、EUタイヤラベリング制度で「A」評価を獲得した。航続距離を最大6%向上させることができるという。

タイヤの径を大きくし、幅を狭くしたものでブリヂストンのオロジックと同じ考えです。

EVタイヤメーカーのネット情報 グッドイヤー(GY)、ピレリ


グッドイヤー(GY)
・「Electric Drive Technology」(電気駆動技術)を搭載した「EfficientGrip Performance」
電動モーターからの強力で瞬間的なトルクの立ち上がりと重いバッテリーパックの付加重量により、従来のタイヤでは最大で30%早く摩耗する。革新的なトレッド設計により転がり抵抗を低減、静粛性および乗り心地も考慮。

【コメント】
GYではカタログに低転がり抵抗とウェット性能の高度なバランスと書き、ウエット・パフォーマンス・コンパウンドとローリング・レジスタンス・コンパウンドとも書いてあります。次節で説明する変性SSBRとシリカのようなコンパウンドがキー技術になっていると思われます。
また、EVではタイヤの摩耗が30%悪くなることも書いてます。

図 GYのカタログに記載されたEfficientGrip Performance

ピレリ
・米スタートアップのリビアン向けEV向け専用タイヤ ピレリが開発
ピレリの「Elect」は、EV用に設計されたピレリタイヤで、転がり抵抗を低減、タイヤノイズも低減しているほか、タイヤのトラクション性能を向上させた。

タイヤメーカーの説明は具体的にどのような材料を使用しているのか、またどのような構造により性能を改良しているのか書いてないのがほとんどです。各社の競争が激しいので秘密事項であるために公表されていないのでしょう。 そのために、特許で公開されているEV用タイヤを検索してみました。

特許調査 BSの電気自動車用タイヤ関連特許


インターネットの情報だけではEVタイヤはどのように変わって行くのか分かりませんでしたので、特許庁のサイトで「電気自動車×タイヤ」で検索しました。
ブリヂストンよりWO2011/161854とWO2012/066725にタイヤ幅Wとタイヤ径Lを規定したオロジックの特許と思われる特許が出願されていました。W/L値に最適値があり、WO2012では横溝を規定して特許化し低燃費性、居住性と耐摩耗性を改良しています。

図 タイヤの幅と径(W/L)

図 タイヤの転がり抵抗と空気抵抗

図 タイヤの縦溝と横溝

特許で「電気自動車×タイヤ」で検索してヒットしたのはブリヂストン特許ぐらいでした。

次に文献を調べてみました。

文献調査 中島幸雄教授 タイヤ力学 第五回タイヤの将来像より

引用:日本ゴム協会誌、93(9)、305 (2020)


論文には電気自動車用とは書かれてはいませんが将来のタイヤについて下記の項目が紹介されていました。
アクロン・ラバーグループの予想によると
①スペアタイヤ除去(1980 年と予測,1990 年代に実現),②内圧警報装置(1983 年と予測,1990年代に実現),③ランフラットタイヤ(1983 年と予測,1990 年代に実現),④新タイヤ形状(1981 年と予測,未確立),⑤自動タイヤ成形設備(1984 年と予測,1990 年代に実現),⑥新タイヤ基本構造(1985 年と予測,未確立),⑦カーボンに変わる非黒色補強剤(1985 年と予測,1990年代に実現),⑧使用済みタイヤの有効処理法(1985 年と予測,ある程度実用),⑨鉄道車両用ゴムタイヤ(1985 年と予測,一部実現),⑩タイヤ挙動の数学的記述(1986 年と予測,1970年代にFEMで実現) が予想されています。
しかし、④⑥のタイヤの基本的な形状と構造について結論が出ていません。車の種類と燃費性能など新しい要求項目が出てきているためでしょうか。

中島教授によるとEVに重要視される低燃費性能を大幅に改良するタイヤが提案されています。

タイヤの幅を大幅に狭くした自転車用タイヤの転がり抵抗は自動車タイヤより大幅に小さくなります。このようなダウンサイジングタイヤは低燃費性能の効果が大きいEVに最適であろうと思われます。特に軽自動車のEVは荷重が小さく走行可能距離も短いためにダウンサイジングタイヤは適しているようです。

図 各種車輪の転がり抵抗

幅の狭い内圧の高い自転車タイヤは自動車タイヤと比べて転がり抵抗は非常に小さくなります。

図 大径のダウンサイジングタイヤと通常タイヤ

ダウンサイジングのタイヤの径を大きくすることでタイヤの接地面が多くなり、安全性が向上します。

図 ダウンサイジングタイヤと通常タイヤとの性能比較

ダウンサイジング+大径転がり抵抗が大場に小さく制動性能も優れていると予想されます。

空気圧を高くして、タイヤ幅を狭くした大口径タイヤが転がり抵抗が小さく、タイヤ騒音も小さく、制動性能も優れたタイヤになると中島教授は予想しています。


中島教授の提案しているタイヤはブリヂストンのオロジックタイヤとほぼ同じ発想の新しいタイヤと言えるでしょう。発想は単純ですが小型や軽自動車のEV用タイヤに適しているように思われます。

タイヤの空気圧を高くすることだけでも転がり抵抗を下げることができます。そのためには高圧の空気を保つバリア性能の高い材料が必要になります。
日本ゴム協会誌に新しい発想でバリア性の高い材料についての研究論文が発表されていますので次に紹介します。

低空気透過性アロイ

引用:日本ゴム協会誌、原、桐野(横浜ゴム)、85、187


低燃費タイヤの材料としてはタイヤのトレッドの素材だけでなく空気を保持する材料も重要になります。タイヤの空気圧を保つことは安全性と燃費にとって重要な要素である。横浜タイヤの原氏と桐野氏は樹脂とゴムの組成物で空気保持性能の高いブチルゴムに代わる材料を提案しています。

図 空気バリアコンポジットの模式図

バリア材料は架橋ゴムと樹脂のコンポジットで樹脂の高いバリア性を利用しています。

図 空気バリアコンポジットと通常のブチルゴムとの空気バリア性能の比較

空気バリア性能は従来のブチルゴムと比較して薄くでも高いバリア性を示しています。

実用化にはまだ課題があると思いますが今までの素材にこだわらず高性能のガスバリアができると良いでしょう。

今までインターネット情報、特許、文献と調べましたが低燃費タイヤはどのような組成になっているのか分かりません。色々なサイトからJATMAに低燃費タイヤと汎用タイヤの組成についての報告がありました。

低燃費タイヤの組成

引用:JATMA、タイヤのLCCO2 算定ガイドライン、p7(2012)


低燃費タイヤの組成について公開しているタイヤメーカーはありません。極秘事項になるからでしょう。JATMA(一般社団法人 日本自動車タイヤ協会)が公開している資料に低燃費タイヤの組成がありましたので示します。この組成表はタイヤ全体の割合を示しており、トレッドなど特定の部分の成分ではないようです。

表 低燃費タイヤと通常のタイヤの組成の違い

組成表について詳しい説明はありませんが低燃費タイヤは汎用タイヤと比較して
乗用車タイヤは
・重量が軽い。
・天然ゴムの割合が高い。
・カーボンが少なくシリカが多い。
ことが分かります。

トラック・バスタイヤは
・天然ゴムの割合がやや多い。
・汎用とも約80%が天然ゴムである。
・カーボンブラックの割合がやや少ない。
・シリカの使用量は少ない。
などの差がありますが汎用タイヤと比較して大きな差は見られません。何が違っているのかこの表では分かりませんでした。

シリカは低燃費タイヤのキー材料です。次にタイヤ構造が変化するとタイヤを構成している素材、特にゴムはどのようなものが望まれるか考えてみました。

タイヤ構造の変化による素材の変化


ダウンサイジングタイヤは幅が狭く小さく薄いタイヤになります。そのためタイヤ用素材としてはより耐久性、耐摩耗性能の優れたものが要求されます。

タイヤにはSSBR(溶液重合SBR)、ESBR(乳化重合SBR)、BR(ブタジエンゴム)やNR(天然ゴム)が使われています。タイヤの低燃費化には地面と直接接触するトレッドの効果が一番大きく、高性能の低燃費タイヤには変性SSBRが使用され、優れた低燃費性能と優れたウェットスキッドレジスタンスを示し使用されています。高性能の低燃費タイヤには発熱の低い補強性フィラーとしてシリカが使用されています。SSBRにはシリカと反応する官能基を導入することができ、シリカとゴムが反応した強い補強相を形成することができるからです。

ESBR(乳化重合SBR)やNR(天然ゴム)は強度や補強性の点でSSBR (溶液重合SBR)より優れていると言われています。しかし、 ESBR(乳化重合SBR)やNR(天然ゴム)にはシリカと反応する官能基がないためシリカをフィラーとして使用しても高い補強性能が得られません。次節で詳しく説明します。

まとめ


EV用タイヤとしてタイヤメーカー各社から販売されています。EVになってタイヤの構造や素材がどのように変わっているのか良く分からないものが大半でした。
その中でもブリヂストンとコンチネンタルは大径で幅の狭いEV用タイヤを出していました。この概念は中島教授の提案するダウンサイジング大径タイヤと同じです。また、グッドイヤーは高いウエットスキッドと転がり抵抗の少ない材料でEV用タイヤを作っていました。

タイヤのトレッド材料以外でも横浜ゴムより空気の保持性能が優れた材料が提案されていました。

EVにはこのような新しい構造と素材を組み合わせて、一段と高性能で低燃費性の高いタイヤが出てくるように思われました。
次節ではタイヤ用ゴムについて調査した結果を報告します。

なお、本稿は執筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織等の見解ではありません。

【第5回】ゴムはどのように変わるか≫

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