はじめに

EV化によって乗用車のタイヤがどのように変わるかを第4回で報告しました。その後更に国会図書館の資料からEV化とタイヤに関する文献を探しました。文献の中で新しい概念を紹介するものが少なく、結果としてブリヂストンのオロジックに関するものになってしまいました。

オロジックに関する資料としてはブリヂストンの
①次世代エコタイヤ技術゛ologic゛開発:桑山勲、松本浩幸、平郡久司、自動車技術会シンポジウム要旨集、11-16、2014年2月21日開催

②次世代低燃費タイヤ技術゛ologic゛:松本浩幸、Journal of the Japan Institute of Energy, 95,346 (2016)

③EV化に伴うタイヤ技術開発動向(低騒音化と省電費化):北原篤、桑山勲、浜谷悟司、工業材料、2020(1),34
を紹介します。

また、オロジックと同じ考えの中島幸雄教授の文献(➃タイヤ力学 第五回タイヤの将来像、日本ゴム協会誌、93(9)、305 (2020))からも引用しました。

目次

1. 次世代エコタイヤ技術゛ologic゛開発

2. 次世代低燃費タイヤ技術゛ologic゛

3. EV化に伴うタイヤ技術開発動向(低騒音化と省電費化)

4. 全体のまとめ

オロジックタイヤの基本概念


第4回にも記載した各種車輪と転がり抵抗の係数を図に示します。内圧の高く大径で幅の狭い自転車タイヤの転がり抵抗は自動車タイヤと比較して非常に低くなっています。
オロジックの概念は中島教授のダウンサイジングタイヤと同じです。(引用文献④)

この原理によりタイヤの幅を狭くして径を大きくし、空気圧を高く設定することで転がり抵抗は低くなります。しかし、ウェットスキッドレジスタンスなどタイヤにとって重要な性能は分かりません。ブリヂストンの文献ではこれらの点についても検討していました。

1. 次世代エコタイヤ技術゛ologic゛開発

(引用文献①:桑山勲、松本浩幸、平郡久司:自動車技術会シンポジウム要旨集、11-16、2014年2月21日開催)


この文献ではタイヤの幅と径のことなるタイヤをシミュレーションし、その後サンプルを試作して性能を確認して、2種の乗用車に装着して評価することによりタイヤの性能を把握してオロジックタイヤの性能を確認しています。

数値シミュレーションによる解析


タイヤの径とタイヤ幅と内圧の最適化のためにタイヤの幅と径の異なる4つのタイヤを想定して効果をシミュレーションしています。

大径のタイヤは空気圧を高くすることでRRCの低下効果が大きい。大径の幅の広いのと狭いのではほぼ同じ割合でRRCは低下しています。

一方CP(コーナリングパワー)については幅の狭いタイヤは高圧になっても接地長を維持することでCPの低下を抑えていますが幅広タイヤはCPの低下が大きくなっています。

以上の結果、大径・幅狭いタイヤはRRCが低くCPの低下が少なく、性能として優れています。

タイヤ特性計測試験


次にタイヤを試作して性能の評価がされました。サンプルは大径の幅の狭いタイヤ、大径の幅広タイヤと通常のタイヤが使用されました。

大径の幅広タイヤと通常のタイヤのタイヤ径とタイヤ幅のバランスはほぼ市販のタイヤと同じになっています。

空気圧を変えた評価で大径のタイヤはRRCが低くなり低燃費性能に優れていることが分かりました。また、CPは大径の幅の狭いタイヤが安定して高いことが分かり、大径の幅狭いタイヤが優れていることが確認されました。

大径・狭幅タイヤの縦バネは高く(257N/mm@320kPa) 一般的使用域からは1~2割高い。

濡れた路面を想定したタイヤの性能評価


濡れた路面を想定し、タイヤの排水性能とコーナリングハイドロプレーン性能を通常のタイヤと比較しています。その結果幅の狭いタイヤの溝面積率は低く通常のタイヤより高い排水性能を持っていました。また、コーナリングハイドロプレーン性能も通常のタイヤ以上の性能を持っていました。但し、実験に使用したタイヤのトレッドパターンやゴムの組成についての記載はなくトレッドパターンやゴム組成が変われば結果は変わると思われます。

実車計測試験


2種類の乗用車を使用して空気抵抗値と燃費を測定しています。
予想外に空気抵抗値(Cd)では幅広タイヤと比較して約5%低下していました。空気抵抗については引用文献③で車高が高くなり車体後方の空気の流れがスムースになり抵抗が少なくなったと説明しています。

図:車高が高くなり空気の流れは変化した。
引用文献③より

実際に車を走らせてタイヤのRRCと燃費の比較を実施しています。試験タイヤを使用した結果を表とグラフに示します。幅の狭い大径タイヤのRRCは約20×10-4低くなり、燃費性能は約10%向上しています。

Ologicタイヤと通常のタイヤ幅と径


タイヤの幅と径でologicタイヤと通常のタイヤを比較すると下の図のようになります。

まとめ


・タイヤ幅/径/空気圧を変えたタイヤをシミュレーションして狭い幅/大径/高空気圧のタイヤは転がり抵抗(RRC)が低く、CP(コーナリングパワー)が大きく安定性に優れていました。

・タイヤを試作して実車テストを実施しました。通常の175/65R15空気圧220kPaと155/55R19空気圧320kPaタイヤを比較してガソリン消費量が約10%下がることを確認しました。RRCとしては約30%低下しました。

この著者は「大径・狭幅と高内圧の相乗効果により超低RRC性を代表とする環境性能と安全・運動性能を高次元で両立する技術を開発した」とまとめています。

タイヤは歴史的に幅広に進化して来ましたがologicでタイヤ径、幅と空気圧の見直しがされ、新しいタイヤのトレンドになる素晴らしい発明だと思います。
この文献には記載されていませんがタイヤのトレッドパターン、ゴム組成やタイヤ構造なども次の文献に記載されているように改良されています。

2. 次世代低燃費タイヤ技術゛ologic゛

(引用文献②:松本浩幸、Journal of the Japan Institute of Energy, 95,346(2016))


著者は「タイヤサイズを「狭幅・大径」とする新概念の低燃費タイヤ技術ologicは、自動車の「省エネルギー化」「CO2排出量削減」に直結するタイヤの転がり抵抗係数(Rolling Resistance Coefficient 以下RRC) を大幅に低減する。同時に、走行中の空気抵抗も低減して自動車の環境性能向上に大きく貢献する。一方で、RRC低減と背反する雨天時のウェットブレーキ性能や旋回グリップ性能も向上して、従来の低燃費タイヤと一線を画す「圧倒的な環境性能」と「安全・安心性能」を高次元で両立する。」と述べています。

転がり抵抗の低減


大径化し空気圧を高くすることで曲率効果と張力効果でタイヤの変形が小さくなります。そのためにタイヤの変形による発熱が小さくなりRRCは小さくなります。

それぞれの効果は図に示されたように空気圧の効果がRRC指数として14ポイント、サイズの効果が10ポイントとなっています。そして、構造・材料最適化により6ポイント下げて、RRCを既存の低燃費タイヤ対比約30%低減したと述べています。RRCの低下は空気圧を高くすることが一番効果あるようです。

ウェットグリップ性能


「排水性」向上効果(実接地領域拡大効果)に加えて、タイヤトレッド部の「接地変形」を抑制することで接地面の偏りを低減して「接地性」を向上し、実接地領域でタイヤを路面に有効にグリップさせ、更に、狭幅・大径・高内圧タイヤに特有の接地特性に適合する専用の高剛性トレッドパターンや専用コンパウンドなどの接地性向上技術を組み合わせることにより、実接地領域でのグリップを向上して、ウェットブレーキ性能を約8%向上したと記載しています。

トレッドパターンや専用コンパウンドを使用することで狭幅・大径・高内圧タイヤを最適化していますがその具体的な内容についての記載はありませんでした。

引用文献①と同じ内容ですがRRCに寄与する空気圧/タイヤ幅/配合の効果の寄与率やトレッドパターンや配合について説明があります。

新型EV用タイヤの開発・課題と今後の展開


「①狭幅・大径の新規サイズ055/70R19.175/60R19.他)を選定。更に、実走行状態を模擬したタイヤ踏面挙動解析技術の適用により、② RRCを低減すると共にグリップ・耐摩耗性能を向上するタイヤ断面形状と専用トレッドパターン、③軽量化とRRC低減を実現する専用構造、④ゴム材料を分子レベルで設計する当社独自の材料技術「ナノプロ・テックTM」の適用によりRRC低減とグリップ向上を両立する専用トレッドゴム、を新たに開発。EV用に最適化したこれらの技術を搭載した。
従来のタイヤと一線を画する外観も含めて、クルマ・タイヤに対する概念を大きく変え、街の風景を、社会を変革していくことが期待される。」と述べEV時代に適したタイヤと紹介しています。

まとめ


・通常の175/65R15空気圧220kPaと155/55R19空気圧320kPaタイヤを比較して空気圧によりRRC指数として14ポイント、大径化の効果が10ポイントと構造・材料最適化により6ポイント低下しました。

・高剛性トレッドパターンや専用コンパウンドによりグリップを向上して、ウェットブレーキ性能を約8%向上しました。

この報文は全体的に分かりやすく書かれていました。

3. EV化に伴うタイヤ技術開発動向(低騒音化と省電費化)

(引用文献③:北原篤、桑山勲、浜谷悟司、工業材料、2020(1),34)


タイヤに起因する騒音と騒音低減の取り組み


「EV化や自動運転技術の普及と共に低騒音化の要求は厳しくなっていくものと考えらえる。」としているがEV化に伴ってタイヤ騒音が大きくなるのではなく、エンジン音がモーター音に変わることによる音量の低下であり社会的には問題ではないのではないでしょうか。

しかし、タイヤメーカーとしては重要と考え、タイヤ構造振動による音、パターンノイズ、接地摩擦振動による音の発生と気柱管共鳴音について解説されていますがここでは省略します。

タイヤの転がり抵抗低減の取り組み


「図7に転がり抵抗係数(Roling Resistance Coefficient:RRC)を構成する歪エネルギーロスの近似式とその成分およびタイヤをトレッド、ベルト、ケース部に分けた質量とRRCの寄与率と歪エネルギーロス密度分布を示す。

図7よりRRC低減には
① ゴム変形(応力と歪)の抑制
②材料ロス特性(損失正弦、tanδ)小化
③ ゴム体積の低減が効果的
であることがわかる。」と記載されています。
式について説明はありません。

ゴム材料技術による転がり抵抗改良


「転がり抵抗、グリップ、耐摩耗をさらに改良するために「三次元ナノ階層構造」制御技術の開発を行ってきた。ゴム相のナノスケールでの共連続構造が導き出された。
低ロスポリマー相にはイソプレンゴムを採用し、高耐摩耗連続相にはスチレンブタジエンゴムを主鎖骨格とし、その末端官能基にはシリカとの相互作用が最も強く、シリカを最も細かく分散させることのできる部位を付与したものを採用し検討を進めた。それらのブレンドプロセスの最適化、フィラー分散状態の最適化、網目構造の最適化により、エネルギーロスを44%減、耐摩耗を26%向上させるゴム構造を作りこむことに成功している。」と書かれていることからイソプレン系のポリマーと変性SSBRとの組み合わせでシリカをフィラーとするゴム組成分が使用されているようです。

次世代タイヤ技術ologic


「次世代タイヤ技術ologicでは、タイヤを大径化、狭幅化することに合わせて、タイヤの空気圧を増大させて高内圧化による背反性能の両立を目的として予測技術と計測技術を駆使してタイヤ挙動メカニズムを解く専用パターンや専用タイヤ構造を開発した。
ここで紹介する技術が普及していくことで、100年に1度といわれるモビリティー社会の変革に少しでも貢献できれば幸いである。」と結んでいます。

まとめ


・ブレンドプロセスの最適化、フィラー分散状態の最適化、網目構造の最適化により、エネルギーロスを44%減、耐摩耗を26%向上させました。

・低ロスポリマー相にはイソプレンゴムを採用し、高耐摩耗連続相にはスチレンブタジエンゴムを主鎖骨格としたシリカ用変性SSBRを使用しているようです。

“ologic”タイヤについては今まで既に報告されているためにこの報文では騒音対策と低燃費化について書かれていました。タイヤメーカーにとって配合やタイヤ構造などの具体的な記載はなく、重要なノウハウは公開できないのでしょう。

4. 全体のまとめ


大径ダウンサイジングタイヤ
ologicタイヤは高空気圧/狭い幅/大径にすることでRRCと安全性能(耐スリップ性能)を改善しました。タイヤは歴史的に幅が広くなり続けてきましたが幅を狭くすることで低燃費性能の大幅改良に成功しました。ologicは今までにない画期的なタイヤです。

EV化と大径ダウンサイジングタイヤ
しかし、自転車タイヤのように幅の狭い/大径/高空気圧に至らなかったのはEV化しても、車体の重量がエンジン車より約1.2倍と重くなるために荷重を支えるためタイヤ幅をさらに狭くできなかったためと思われます。タイヤの幅は自動車の荷重とスピードにより決まるようです。

期待されるゴム
エネルギー効率を考えると高空気圧化は必然の傾向であり、そのためにはガス透過防止性能の優れたゴム(樹脂)が必要なり、ウェットスキッドと低燃費性能の優れたトレッド用ゴムが必要とされるでしょう。そのためには変性SSBRのような低燃費性とウェットスキッド性能の優れたゴムが必要とされます。

CO2削減とEV化
世界的にEV化によりCO2削減を狙っていますが、現状では車体を製造するためのCO2量はバッテリー製造のCO2が加わるためEV車製造にはガソリン車の2倍近くCO2を排出します。
(引用文献:EVsmartブログ、https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/ev-global-life-cycle-co2-emissions-less-than-ice/
そのためにエネルギー源も石油から電力にシフトするだけで環境に対する負荷低減も期待された程ではなさそうです。

自動車の改良
現状の自動車ままではタイヤの改良も限界があります。車体重量の軽量化、サスペンションとのマッチングなど今後の自動車の改良が期待されます。自動車の重量が増えると運動エネルギーも増加して地球の温度上昇に影響します。軽量化は温暖化防止に必要な技術です。

期待される自動車
期待される自動車としてはエネルギーを他に頼らない軽量のソーラーカーではないでしょうか。発電所を通さず自動車で発電してそのまま使用します。2022年発売予定のオランダのSQUADに期待しています。1886年のベンツのように自動車の車体重量を大幅に下げれば、より効率の良い自転車のタイヤのような、より幅の狭い/大径/高空気圧タイヤが使用可能になるでしょう。

図は文献④より引用しました。


今回取り上げたologicタイヤの文献や講演は何回か公開されています。今回、既に古い文献に書かれた内容については新しい文献の紹介では省略しました。また、執筆者の理解できないところも省略しました。そのためこの論文には元著者の意図が充分反映されていないところもあると思われます。読者には元の文献を読まれることを勧めます。

なお、本稿は執筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織等の見解ではありません。

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